プロ野球審判関連ニュース 2002年分

最新 2004年 2003年分 2002年分 2001年分 2000年分 1999年分 1997-98年分

2002年12月27日

パ・リーグは26日までに審判員の契約更改を終了したが、下記4名が現役引退することとなった。このうち、藤本氏は指導員専任となり、平林氏は米メジャーリーグ審判員に挑戦するため渡米する予定。
引退される皆様、これからの人生でも頑張ってください。

2002年11月1日

2002年度の表彰審判員は以下のとおり。(敬称略)

2002年10月25日

11月9日から開催される日米野球2002に、下記2名のMLB審判員が出場する。

2002年10月25日

2002年度日本シリーズ出場審判員および公式記録員は以下のとおり。(敬称略)
【審判員】
セントラルリーグ:友寄 正人, 森 健次郎, 笠原 昌春, 真鍋 勝己
パシフィックリーグ:東 利夫, 山村 達也, 山本 隆造, 中村 稔
【公式記録員】
セントラルリーグ:山本勉、中村晃(補助)
パシフィックリーグ:藤原宏之、山田繁(補助)
なお、第1戦からの配置は以下のとおり。

2002年10月14日

パ・リーグ岡田寛審判員は、10月14日GS神戸で行われたブルーウェーブ-ファイターズ戦において、公式戦の初球審を務めた。

2002年10月13日

オリックスの佐竹学内野手は13日、近鉄28回戦(神戸)の5回に三塁への帰塁が遅れてアウトになった際、判定を不服として丹波幸一三塁塁審に暴力行為を働き、退場処分を受けた。今季パ・リーグ9人目、両リーグで21人目の退場者。

2002年10月11日

11月10日(日)静岡草薙球場で行われる、パ・リーグ東西対抗出場メンバーが以下のように発表された。
審判員: PL平林 1B飯塚 2B栄村 UK永見
記録員:山川、村林(補助)
以上、敬称略

2002年10月10日

セ・リーグ嶋田哲也審判員は、10月10日甲子園球場で行われたタイガース-ドラゴンズ戦において、公式戦の初球審を務めた。

2002年10月2日

パ・リーグ岡田寛審判員は、10月2日GS神戸にて行われたブルーウェーブ-ホークス戦において3塁塁審を務め、公式戦への初出場を果たした。

2002年9月20日

パ・リーグ村林弘之記録員は、9月20日千葉マリンスタジアムで行われたマリーンズ-ライオンズ戦において、通算100試合出場を果たした。

2002年9月27日

パ・リーグ津川力審判員は、9月27日千葉マリンスタジアムで行われたマリーンズ-ブルーウェーブ戦において、公式戦の初球審を務めた。

2002年9月6日

9月5日のウエスタン中日-ダイエー15回戦(ナゴヤ)で、ダイエーのラジオ投手が丹波球審にボークの判定で暴言を吐き退場となった。
ラジオ投手は8月29日の日本ハム23回戦(北九州)で暴言と暴力行為で退場を宣告され、8試合の出場停止と制裁金10万円の処分を受けたばかりだった。今回の退場により、さらに上下公式戦への6日間の出場停止の処分が課された。

2002年8月31日

セ・リーグの豊蔵一会長は31日、横浜の森繁和投手コーチ(47)に厳重戒告と制裁金10万円を科した。
同コーチは30日の巨人22回戦(横浜)の六回に真鍋球審のグスマン投手に対する態度に不満を持ち、同審判員に詰め寄り、制止しようとした西本一塁塁審に暴行し退場処分を受けた。一方、真鍋球審にも誤解をまねく行為があったとして反省を促した。

2002年8月28日

パ・リーグは28日、ダイエーのラジオ投手に対し、9月4日まで8日間の出場停止と10万円の制裁金を科した。ラジオは27日の日本ハム戦(北九州)で4回途中に降板した際、柳田昌夫球審に暴言と暴力行為を働いて退場となっていた。退場は今季パ・リーグ7人目、両リーグを通じて18人目。

2002年8月24日

セ・リーグは24日、巨人-阪神19回戦(23日、東京ドーム)で相次いで退場処分を受けた阪神の星野仙一監督と田淵幸一コーチに対し、厳重戒告と制裁金を科した。制裁金は星野監督が10万円、暴行を働いた田淵コーチは20万円。
この試合の6回、巨人・仁志の三塁ゴロの判定をめぐり、星野監督が一塁塁審の上本孝一審判に「このボケ」と暴言を吐き退場。田淵コーチは同監督の退場処分に怒り、上本審判につかみかかったりひじで小突いたりした。

2002年8月15日

パ・リーグの小池唯夫会長(69)は15日、近鉄・梨田昌孝監督(49)に対して1試合の出場停止と10万円の制裁金を科したことを発表した。
同監督は14日の対オリックス21回戦(神戸)8回裏の守備で、打者走者の一塁セーフ判定に激高。杉本大成一塁塁審の胸を突き、暴力行為での退場処分を受けた。同監督にとって現役時代を含めて初の退場だった。

2002年7月13日

2002年オールスターゲーム出場審判・公式記録員は以下の通り。(敬称略)

2002年7月11日

2002年フレッシュオールスター(長野)出場審判・公式記録員は以下の通り。(敬称略)

2002年7月6日

中日の山田久志監督は6日の横浜14回戦(富山)の7回攻撃中、谷繁の三振の判定に抗議して退場処分を受けた。今季両リーグ通じ10人目(セ5人)で、監督の退場は3月31日の日本ハム・大島監督以来2人目。
吉本球審は退場理由を「暴言」と説明したが、同監督は吉本球審の肩を左手で突くなどした。

2002年6月16日

セ・リーグ名幸一明審判員は、6月16日福島・あずま球場で行われたスワローズ-ベイスターズ戦において、公式戦の初球審を務めた。

2002年6月11日

ウエスタンリーグの近鉄-阪神6回戦(藤井寺)で、阪神バディ・カーライル投手は4回にボールの判定を巡って白井一行球審に暴言を吐いたため退場となった。
同リーグでの退場処分は今期初。

2002年5月31日

広島の松原誠チーフ兼打撃コーチが31日、巨人戦の7回に判定を巡って三塁塁審の本田英志審判員に抗議しようとした際、制止に入った二塁塁審の谷博審判員の手を払いのけ、これが暴力行為とみなされて退場を宣告された。
退場処分は今期セ・リーグ4人目、両リーグを通じて8人目。

2002年5月28日

セ・リーグ木内九二生審判員は、5月28日仙台・宮城球場で行われたカープ-ドラゴンズ戦において、公式戦の初球審を務めた。

2002年5月20日

セ・リーグの豊蔵一会長が19日、中日の福原峰夫内野守備走塁コーチに厳重戒告と制裁金5万円の処分を科した。同コーチは前日の阪神戦でフェアかファウルかの判定に抗議しようとした山田久志監督に続いてグラウンドに飛び出したが、この際「コーチが抗議に出てきてはいけない」と制止した球審の橘高淳審判員に「馬鹿野郎」と暴言を吐き、退場を宣告されていた。

2002年5月18日

セ・リーグ土山剛弘審判員は、5月18日甲子園球場にて行われたタイガース-ドラゴンズ戦において2塁塁審を務め、公式戦への初出場を果たした。

2002年5月4日

パ・リーグ白井一行審判員は、5/4グリーンスタジアム神戸で行われたブルーウェーブ-バファローズ戦において、公式戦の初球審を務めた。
セ・リーグ敷田直人審判員は、同じく5/4神宮球場で行われたスワローズ-ドラゴンズ戦において、公式戦の初球審を務めた。

2002年4月29日

セ・リーグ深谷篤審判員は、4月29日横浜スタジアムにて行われたベイスターズ-スワローズ戦において1塁塁審を務め、公式戦への初出場を果たした。
セ・リーグ嶋田哲也審判員は、同じく4月29日甲子園球場にて行われたタイガース-ドラゴンズ戦において1塁塁審を務め、公式戦への初出場を果たした。

2002年4月16日

セ・リーグ名幸一明審判員は、4月16日神宮球場にて行われたスワローズ-ベイスターズ戦において1塁塁審を務め、公式戦への初出場を果たした。
セ・リーグ木内九二生審判員は、同じく4月16日豊橋球場にて行われたドラゴンズ-タイガース戦において1塁塁審を務め、公式戦への初出場を果たした。

2002年4月10日

セ・リーグ谷博審判部副部長は、4月10日横浜スタジアムで行われたタイガース-カープ戦にて3塁塁審を務め、通算2000試合出場を達成した。
セ・リーグでは27人目。

2002年4月7日

セ・リーグ渡田均審判員は、4月7日横浜スタジアムで行われたスワローズ-タイガース戦にて球審を務め、通算1500試合出場を達成した。

2002年4月1日

ロッテのメイ外野手は1日、ダイエー1回戦(福岡ドーム)の2回の攻撃で見逃し三振に倒れた際、小寺球審の判定を不服として同球審に足で砂をかけ、侮辱したとして退場処分となった。
前日のダイエー−日本ハム2回戦(福岡ドーム)での日本ハム・大島監督に続き、今季両リーグを通じて2人目の退場。

2002年4月1日

パ・リーグの小池唯夫会長は1日、福岡ドームで3月31日に行われたダイエー-日本ハム2回戦で、審判員への暴力行為などで退場となった日本ハムの大島康徳監督に、2試合の出場停止処分を科した。2日が東京ドームでの本拠地開幕戦であることを配慮し、出場停止は3、4日のオリックス戦となった。制裁金はない。
監督の出場停止は、2000年5月に球審への暴力行為で退場となった中日の星野監督(現阪神監督=5日間)以来で、パでは1999年5月の上田監督(日本ハム=暴力行為で2試合)以来のこと。
大島監督は一回裏の守りで松中の打球の捕球をめぐり、審判員の判定を不服として、良川昌美一塁塁審の胸をひじで押し、審判団に暴言を吐いた。試合は12分間中断。速やかにプレーを再開しなかった前田亨球審ら4審判員には注意処分を科した。

2002年3月31日

日本ハムの大島康徳監督は31日、福岡ドームで行われたダイエー2回戦の1回、ダイエー・松中の一塁へのライナー性の打球の判定をめぐって良川一塁塁審に暴行を働いたとして退場処分となった。今季、両リーグを通じて退場第1号。試合は12分間の中断後に再開され、日本ハムは大島監督に代わって高代延博ヘッド・内野守備コーチが監督代行を務めた。

2002年2月1日

2002年セ・リーグ審判団のキャンプ担当は以下の通り。(2月1日から・敬称略)*小林部長は、各キャンプ地を巡回

2002年1月16日

2002年パ・リーグ審判団のトレーニングおよびキャンプ日程、担当は以下の通り。
  1. トレーニング
    関東  1月27日〜30日(日本ハム多摩川球場)
    関西    同 上  (グリーンスタジアム神戸)
  2. キャンプ     下記の通り (1月31日出発・敬称略)
    • 西武(高知春野)  2月1日〜27日 林、新屋、良川、津川、寺本
    • 日本ハム(名護)  2月1日〜27日 前田、村越、柿木園、飯塚
    • 千葉ロッテ(鹿児島)2月1日〜28日 中村、佐藤、栄村、古堅、柳田、前川
    • 大阪近鉄(日向)  2月1日〜28日 山本、小寺、丹波、川口、白井
    • オリックス(宮古島)2月1日〜28日 東、平林、秋村、岡田、藤本
    • 福岡ダイエー(高知)2月1日〜27日 橘、山崎、山村、金子、杉本
    *永見部長は、各キャンプ地を巡回

2002年1月15日

セ、パ両リーグ合同の審判研修会が15日、東京・神宮室内練習場でスタートした。今季から野球の国際化対応や試合のスピードアップのため、高めのストライクゾーンを見直すことになり、その徹底のための勉強会。
15日の研修会では、セ28人、パ29人の審判員と指導員4人の計61人が全員集合。川島コミッショナーの訓示のあと、非公開でストライクゾーンの確認を行った。平林、津川両審判員がユニフォームを着て打者になり、その胸の部分にガムテープでラインを引いて高めゾーンを想定。「ここはストライクだ」「いや違う」など議論を交えながら確認作業をした。
この日新ゾーンは公開されず、2日目となる16日に、12球団の投手、打撃両コーチが参加しての研修会で披露される。

2002年1月9日

パ・リーグは2002年1月1日付で、以下の通り記録部員の採用を発表した。

≪氏  名≫ 関 慎太郎(せき しんたろう)
≪生年月日≫ 1976年11月13日 25歳
≪略  歴≫ 青森県出身
       1999年03月  専修大学経済学部卒業
       1999年07月  スポーツニッポン新聞社東京本社入社
              編集局管理部配属
       2001年11月  同社退社

2002年1月7日

パ・リーグは、以下の連盟人事を2002年1月1日付けで発表した。
(以下敬称略)

【審判部】

※藤本前部長は、審判員兼指導員となる。

【記録部】

なお、記録部(関東)に1名新規採用とのこと。詳細は後日。

その前へ