プロ野球審判関連ニュース 2004年分

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2004年12月28日

パ・リーグの新しい審判部長に前川芳男指導員(63)が再び就任し、新記録部長に関口寿昭記録部次長(57)が昇格することが28日、分かった。ともに1月1日付の人事異動となる。
前川指導員は1995年から96年まで審判部長を務めており、来季は9年ぶりの復帰となる。

2004年10月15日

本年の日本シリーズの出場者および配置が下記のとおり発表になった。
【審判員】
第1戦 PL橘高 1B中村 2B杉永 UK栄村 LL友寄 RL山本
第2戦 PL山本 1B友寄 2B中村 UK杉永 LL東 RL佐々木
第3戦 PL佐々木 1B東 2B友寄 UK中村 LL橘高 RL栄村
第4戦 PL栄村 1B橘高 2B東 UK友寄 LL山本 RL杉永
第5戦 P杉永 1B山本 2B橘高 UK東 LL佐々木 RL中村
第6戦 PL中村 1B佐々木 2B山本 UK橘高 LL栄村 RL友寄
第7戦 PL友寄 1B栄村 2B佐々木 UK山本 LL杉永 RL東
(第8戦 PL東 1B杉永 2B栄村 UK佐々木 LL中村 RL橘高)
【公式記録員】
セ 中村 晃(西原 稔泰)
パ 吉村 俊樹(近江屋 拓)

2004年8月16日

パ・リーグ関慎太郎公式記録員は、8月16日西武ドームで行われたライオンズ-マリーンズ第20回戦において、公式戦初出場を果たした。

2004年8月11日

パ・リーグ荻野進公式記録員は、8月11日千葉マリンスタジアムで行われたマリーンズ-バファローズ第21回戦において、公式戦初出場を果たした。

2004年8月10日

パ・リーグ近江屋拓公式記録員は、8月10日千葉マリンスタジアムで行われたマリーンズ-バファローズ第20回戦において、公式戦初出場を果たした。

2004年8月7日

パ・リーグの中村稔審判員(40)は7日、オリックス−ダイエー22回戦(ヤフーBB)で二塁塁審を務め、リーグ37人目の通算1500試合出場を達成した。
初出場は1989年4月15日のロッテ−近鉄3回戦(川崎)で右翼線審として。

2004年8月4日

ダイエーのズレータ内野手が3日、ロッテ21回戦(仙台)で前田球審に暴言を吐き、退場処分となった。ズレータは7回に空振り三振を喫した後、前田球審に暴言を吐いた。退場処分を科されて激高。さらに前田球審を胸で押した。
ズレータは3月29日の西武戦でも張誌家に対する威嚇行為で退場処分を受けており、今季2度目。パ・リーグでは9人目で10度目。
なお、パ・リーグは4日、ダイエーのズレータ内野手に対して2試合の出場停止と制裁金10万円の処分を科した。

2004年7月8日

7月9日(金)に大阪ドームで行われる、2004年フレッシュオールスターゲームの出場審判員および公式記録員は以下のとおり。
【審判員】
(パ)福家、白井
(セ)土山、牧田
【記録員】
関(パ)、新向井(セ)

2004年7月6日

7/10-11に開催される、2004年オールスターゲーム出場審判員・公式記録員は以下のとおり。
【審判員】
第1試合(7/10 ナゴヤドーム) PL笠原 1B林 2B森 UK川口 LL橘高 RL丹波
第2試合(7/11 長野) PL丹波 1B橘高 2B川口 UK森 LL林 RL笠原

【記録員】
パシフィックリーグ 山川(メイン) 荻野(サブ)
セントラルリーグ 加藤木(メイン) 及川(サブ)

2004年6月13日

セ・リーグ土山剛弘審判員は、6月13日秋田こまちスタジアムで行われたスワローズ-ドラゴンズ第11回戦において、公式戦の初球審を務めた。

2004年6月10日

ヤクルトの若松勉監督が9日、横浜戦の7回の守備で佐伯貴弘外野手が放った内野ゴロの判定を巡って抗議した際、一塁塁審の小林和公審判員の胸を両手で突き、暴力行為で退場を宣告された。今季の退場処分はセ・リーグ6人目、両リーグを通じて11人目。監督の退場は今季初。若松監督自身は現役時代も含めてプロ31年目で初の退場。
なお、セ・リーグの豊蔵一会長は10日、ヤクルトの若松勉監督に厳重戒告と制裁金10万円を科した。

2004年6月7日

セ・リーグの豊蔵一会長は7日、巨人のタフィ・ローズ外野手(35)に厳重戒告と制裁金5万円を科した。
ローズは、4日のヤクルト9回戦(神宮)の9回の打席で、カウント2−0からの投球をストライクと判定されたことを不服として井野球審に暴言を吐き、退場を宣告された。
今季の退場者はセ・リーグでは5人目、両リーグでは10人目。

2004年5月31日

パ・リーグの小池唯夫会長は31日、近鉄の中村紀洋内野手に対し、厳重注意と制裁金10万円を科した。 中村は30日のロッテ11回戦(松山)の8回に見逃し三振に倒れた際、ストライクの判定を不服として飯塚球審に暴言を吐き、退場処分を受けた。退場宣告後も攻撃的な言動があった。
今季の退場者はパ・リーグで5人目、両リーグでは8人目。

2004年5月25日

日本ハムのセギノール内野手が24日のダイエー10回戦(札幌ドーム)で退場処分を受けたことで、パ・リーグの小池唯夫会長は25日、同選手に対し厳重注意と制裁金10万円を科した。
セギノールはこの試合の3回、ストライクの判定をめぐって山村球審に暴言を吐き、退場処分を受けた。退場宣告後もヘルメットを投げつけるなど不満の態度をとった。

2004年5月13日

パ・リーグの小池唯夫会長は13日、オリックスのブラウン外野手に厳重注意と制裁金10万円の処分を科した。
同選手は12日の近鉄8回戦の7回に、見逃し三振した際に判定を不服として、白井球審に暴言を吐いた。今季の退場者はパ・リーグで3人目、両リーグでは6人目。

2004年5月6日

パ・リーグの小池唯夫会長は6日、日本ハムのエチェバリア外野手に厳重注意と制裁金10万円を科した。
同選手は5日のダイエー−日本ハム9回戦(福岡ドーム)の9回に、ストライクの判定をめぐって球審の良川昌美審判員に暴言を吐き、退場処分を受けたが、退場宣告後もベンチに座り、大声で不満を表した。

2004年4月2日

阪神のキンケード内野手は2日の巨人1回戦(東京ドーム)の7回、見逃し三振に倒れた際、井野球審に暴言を吐き、セ・リーグ初の退場処分を受けた。両リーグ通じて2人目。

2004年3月2日

パ・リーグは2日、以下の2名の審判員の採用を発表した。なお、2名とも関東所属となる。
2004年度パシフィック野球連盟所属の審判員は、関東13名、関西17名(それぞれ指導員1名ずつ含む)、計30名となった。

2004年2月9日

セントラル・リーグは、2004年度セ・リーグ審判員養成講座を開設すると発表した。
この養成講座はセ・リーグが従来1日だけの筆記試験、実技試験、面接等で行っていた、セ・リーグ審判員採用試験による人材選抜の精度を高めるもの。1シーズンの養成講座を通して将来の審判員たる人材を見極める、もうひとつの審判員採用試験で、「日本版アンパイア・スクール」とも言えるものとなる。
養成講座はシーズン中、月一度ないし複数回開催され、複数の受講者のなかからセ・リーグ審判員として最も相応しいと評価、判断された者と翌シーズンのセ・リーグ審判員契約を締結する。但し、セ・リーグ審判員契約を保証するものではない。
募集要項および講座概要は以下のとおり。

2004年2月4日

セ・リーグは4日、新しい審判員の採用を発表した。
なお、石山審判員は連盟の東京事務所所属となる。

2004年2月4日

2004年パ・セ両リーグ審判員のキャンプ割当は以下のとおり。(敬称略)

【パ・リーグ】

※永見部長は各キャンプ地を巡回
※ジム・エバンス審判アカデミーへ研修中の津川は14日から合流

【セ・リーグ】

※井野部長は各キャンプ地を巡回

2004年1月30日

日本プロ野球選手会(古田敦也会長=ヤクルト)は30日、「選手が選ぶ! 2003年ベストアンパイア」の結果を発表した。
選手が各審判に5点満点で点数をつけ、その平均値(=括弧内)が高い上位3人は以下のとおり。
出場試合一軍50試合以上
セ・リーグパ・リーグ
10名幸 一明(3.40)16山本 隆造(3.75)
22友寄 正人(3.35)11中村 稔(3.68)
19谷 博(3.28)5橘 修(3.67)
出場試合一軍50試合未満
セ・リーグパ・リーグ
23深谷 篤(3.13)22津川 力(3.19)
24嶋田 哲也 3橋本 信治 
20土山 剛弘 20白井 一行 

2004年1月21日

セ・リーグは21日、今季から審判のユニホームを変更すると発表した。
新ユニホームはアシックス製で、従来より吸湿性、速乾性に優れた素材を使用。色はオリーブグレーと黒を基調とした2種類を作成し、それぞれデーゲームとナイトゲームで使い分ける。グレーは、太陽に照らすと緑色に変化する素材で、デーゲームに使用、黒はナイターで使用する。
帽子や胸に着けるマークのデザインが変わったほか、袖番号も従来の物より大きくなった。この日、モデルを務めた佐々木・有隅・小林和各審判員にも、「軽くて着やすい」「かっこいい」と好評。
ユニホームの大幅な変更は8年ぶり。
井野修審判部長の話「新ユニフォームは、小林毅二・前審判部長の時からあたためていたプロジェクト。2004年のスタート、そして私自身が審判部長1年目となる年に新調できることを、大変嬉しく思う。デザインから素材選びに至るまで、我々の意向が盛り込まれた新ユニフォーム。気持ちも新たに今シーズンに臨む」

2004年1月16日

セ・リーグは以下のとおり審判員の腕番号変更を行う。

2004年1月13日

日本野球機構は13日、昨年限りでパ・リーグ審判員を退職した橘修氏(56)を審判技術指導のため今月末から台湾に派遣すると発表した。
台湾プロ野球界からの要望に応えたもので、30日に台北入りし、31日から2月28日まで台湾プロ野球のキャンプ地やオープン戦で審判員に技術指導する予定。橘氏は「素人同然の人もいるらしいが、ノウハウをしっかり教えてきたい。楽しみです」と話した。

2004年1月6日

セ・リーグ審判部(関西)の契約更改交渉が6日、大阪市内の連盟関西事務所で行われ、3度目の交渉となった谷博副部長ら3人がサインした。1度目の交渉を全26審判員が保留するなど異例の事態が続いていたが、これで東西の全審判員が更改を終えた。
査定方法の説明を求めていた谷副部長は「納得はしていないが、今後も話し合うことで了解した。これからがスタートになる」と厳しい表情だった。大越英雄事務局長は「ほっとしました。(全員が保留した)ことしの状況は予想していなかったので勉強になったし、見直すところは見直したい」と話した。

2004年1月5日

セ審判部(関東)が5日、3度目の契約交渉を行い、渡田均主任ら7審判員全員が更改した。これで関東の全16審判員の契約が完了。残る関西の3審判員は6日に交渉予定。

2004年1月5日

パ・リーグは5日、津川 力(関東所属)審判員を、2004年1月5日から2月8日まで米国・フロリダ州のアカデミー・オブ・プロフェッショナル・アンパイアリング(通称ジム・エバンス審判アカデミー)へ研修のため派遣することを発表した。
パ・リーグ審判員の同アカデミーへの研修派遣は、2000年度以来4年ぶり9回目、通算で21人目。

2004年1月1日

2004年度の人事情報は以下のとおり。

【パシフィックリーグ】

【セントラルリーグ】

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